学費を自分で払っているからといって、
毎日ちゃんと授業に出ているわけではありません。
普通にめんどくさくなる日もあるし、
普通にサボったこともあります。
私は、いわゆる「意識高い系」ではないです。
朝起きれない日もあるし、
今日はいいか、ってなる日もある。
でも。
サボって帰る途中で、
「今の1コマ、いくらだったんだろう」
って思ったことはあります。
1コマの値段を、なんとなく考えてしまう
理系の学費って、正直安くないです。
年間で見ると大きい額だけど、
それをなんとなく1コマに割ってみたりします。
今日の90分、いくらだったんだろう。
それをサボった私は、
何円分を無駄にしたんだろう。
だからといって、
次から絶対サボらない!とかはないです。
普通にまたサボる日もあると思います。
でも、ちょっとだけ重みが違う気がしています。
「もったいない」の感覚
「今日の授業、もったいなかった〜」
っていう会話を聞くこともあります。
たぶん、みんな軽い意味で言ってる。
それは分かっています。
でも、私はその言葉を聞くと、
少しだけ考えてしまいます。
もったいない、の重さって
人によってちょっと違うのかもしれないな、って。
もちろん、
自分で払っていない人が悪いとか、
そういう話ではないです。
ただ、見え方が少し違うだけ。
それだけの話です。
テスト期間の景色
テスト期間。
みんなが「今週はシフト入れてない」と言っている中で、
私は普通にバイトに行く日があります。
正直、羨ましいと思うこともあります。
その時間を全部勉強に使えるの、いいなって。
でも同時に、
「私はこれも含めて自分の大学生活なんだよな」
とも思っています。
特別つらいわけでもないし、
特別偉いとも思っていない。
ただ、少しだけ景色が違う。
大学の見え方
キャンパスの設備とか、
新しい実験機材とか、
冷房の効いた教室とか。
当たり前にあるものだけど、
「ああ、ここにお金が使われてるんだな」
って思うことがあります。
自分のお金が一部になっている感覚。
だからといって感動しているわけでもないけど、
無関係ではいられない感じ。
たぶん、それが“見え方の違い”なんだと思います。
別に偉くはない
ここははっきりさせておきたいです。
自分で学費を払っているから偉い、
なんて全然思っていません。
普通にサボるし、
普通に無駄遣いもするし、
完璧でもないです。
でも、
お金がどこから来て、どこへ消えるのか。
それを考える回数は、
少し多いかもしれません。
変わるのは、意識のほんの少しだけ
大学そのものは、みんな同じ場所にいます。
同じ授業を受けて、
同じキャンパスを歩いている。
でも、
その裏にある「お金」を
どれくらい意識するかは、少し違う。
それだけです。
重くもないし、軽くもない。
ただ、ちょっとだけ視点が増えた。
私は、それを悪いことだとは思っていません。
ま、頑張っていきましょ👍


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